むすんでひらいて
むすんでひらいて。
小さい時、遊び歌として幼稚園の先生から教えてもらったのが最初だっただろうか。
ここ数年の間に、私を取り巻く関係性は大きく変わったと思う。ひらいて、のフェーズ。
特に、日本語以外の言語共同体とのコミュニケーションが一挙に加速した。私の世界は広がったと思う。
ありがたいことに、私の「ひらいて」を支えてくれた人たち、そして新たな友人たちは、とても優しかった。言語に還元できない、ホリスティックな地平で交わってくれる。とても嬉しかった。
こんな世界なら、ずっとここにいたい。そう思った。彼らに励まされるように、私はひらいてきた。ひらかれてきた。
しかし、ひらいて、ひらいて、ひらいてゆくと、そこには優しくないものも混じってくる。顔と名前がない世界では特にそうかもしれない。まあ、私も誰かにとっての不純物かもしれないけれど・・・。
世界というのは優しい。私に慣れてゆく時間をを与えてくれた。優しい人たちに包まれて、新しい世界に対する私の“基本的信頼”を作ってくれた。
だから、大丈夫だ。
優しくないものに出会っても、私にはベースキャンプがある。そして、きっとその安全地帯はこれからも広がってゆくのだ。
私は彼らを大切にしたい。私を慈しんでくれた人々を大切にしたい。私の誠実さと真正さは、彼らのためにひらかれていたい。まごころをもって尽すことを、惜しみなくやってゆきたい。
むすんでひらいて。
小さい頃から、ずっとこれを繰り返している気がする。むすんで、ひらいて。
時には手のひらに爪の跡が残ったり、血が滲むほど力む。でも、そのあとはやっぱり緩んでゆく。
ひらいていよう。また握りしめる必要が出てくるその時まで。