真夜中のコカ・コーラ

 皆さん、コカ・コーラをご存知であろうか。「こっかこーらをのもーおよ」という歌のアレである。

 私はたまに猛烈にコカ・コーラを飲みたくなる時がある。何かどうにもならないような感覚に圧倒されている時、「『シュッ』っとしたくなる」のである。その「シュッ」を提供してくれるのが、コカ・コーラなのである。

 今夜も「シュッ」としたい気持ちが心に生じつつあるのを自覚して風呂に入ったのであるが、その気持ちは風呂を上がって髪の毛から順に身体を拭く時になっても心の中に居続けていた。今日の私はまだ目を通すべきものが残っているので、すぐに寝るわけではない。そこで、気分転換を兼ねて「ちょっとそこまで買いに行こう」と背中を拭きながら決意したのである。

 ちょっとそこまで、と言うのは歩いて100メートルくらいのところにある自動販売機ある。深夜であることに加えて、店員さんに「コーラください」と言うわけでもないのだから、そんなに洒落て行く必要もなかろうと思った私は、連休に家族が買ってきてくれた1,290円という特別価格の七部丈くらいの”ユニクロのズボン”を履くことにした。もちろん下着も履いている。

 上には何を着ようかと衣装部屋(我が家には衣装部屋があるのである)のタンスを開け閉しめした。外に出るのだから”おかしくないもの”をと思って半袖のプリントTシャツを触ってみたが、「どうせ汗が出てくるのに。もったいない」とケチくさい考えが心に生じたので、隣にあった父が着古したであろうヨレヨレのTシャツを着ることにした。

 小銭入れをユニクロのズボンの中に入れて、髪も乾かさず、手に持ったタオルをぶらぶらさせながら家を出た。そういえば一日中家の中で作業をしていたので、外に出るのは今日初めてだなと思いながら、遠くに光る赤く塗られた自動販売機までトボトボ歩いて行った。我が家は閑静な(田舎という人もいるかもしれないが閑静な)住宅地に位置しているので、街灯もほとんどなく、闇の中に大きな男が一人、風呂上がりの汗をぬぐいながらコカ・コーラを求め歩く光景は非常に怪奇に映るであろうと思う。

 5メートル手前に来ると、夜虫たちが群がっているのがわかる。どうやら彼らもコカ・コーラが欲しいらしい。私は徐に小銭入れをユニクロのズボンから取り出し、160円を入れた。普段、自動販売機で買うことが少ないので初めて知ったのだが、今時の自販機は投入金額が販売金額に達するまでは該当ボタンが光らない仕組みになっているらしい。「その程度じゃ、コカ・コーラはやれねぇなぁ」と言われている気がした。

 無事に機械の許しを得ることができ、ガタンとボトルを落としていただいた。私はボトルを取り出すと、次に「おつり」のフラップに手を伸ばしていた。”ちょうど”の小銭を自分で入れたのに、である。「ああ、何やってんだろうな」となんとなく情けなくなり、それくらいには疲れていることを自覚したので、「コカ・コーラを飲んで今日は寝よう」と思いながら、ヒンヤリとしたコーラの感触を愛でつつ、家に帰ったのであった。この時には「シュッ」を求める気持ちはどこかへ行ってしまっていた。

 玄関の鏡に映った姿は、ヨレヨレのTシャツに濡れたままの髪の男で、誰にも合わなくてよかったなと、コーラを飲みながらつくづく思うのである。