〈「いのち」〉と〈「いのち」〉のご縁という〈いのち〉

 ごきげんよう。本田陽彦です。

 

 今年になって私の周りの様子は少しずつ変わっています。

 

 よいことも、わるいことも起きていますが、きっと全ては必要なことなんでしょう。これまでだってそうです。その渦中にいて、もがき苦しんでいるときはわかりませんが、このように振り返って観察してみると、全ては必要であって、無駄なことは一切ないのだとわかります。

 

 私は幼い頃から、なんとなく、同世代の人たちと一緒にいて、生き苦しいような感覚がありました。同世代でなくとも、一緒にいて苦しい人はいます。これは私が勝手に苦しんでいるわけですが、どうしようもなく、苦しかった。

 

 ところが、今年の夏くらいからでしょうか。とんでもない出会いがたくさんありました。本当にありがたいことです。有り難い。

 

 私は輪廻思想を受容する人間なのですが、きっと過去生で深いご縁があったのだろうなと感じます。その方たちのことを思うと、とっても懐かしくて、あたたかくて、少しさみしくて(なんでだろう)。

 

 人間は70億人以上この地球に住んでいるらしいです。私は全員を見たことがないのでそんなに多い気がしないのですが笑。そんな中から今生、私が出会うことができるみなさまは、きっとこれまでの生でも出会い、お世話になってきたのでしょう。

 

 人生、ほんの少しだけ、ちがった生き方をすれば、出会う人間模様もガラリと変わりますよね。朝電車を一本ずらすとか、別の道を歩いてみるとか、そんなことで。

 当初、座る予定の位置に座らなかったために、お隣の方に声をかけていただいき、トントン拍子でご縁を紡いでいただいたり。くじ引きで同じテーブルになり、大勢いるなかからお声をかけていただたり。

 

 初めてお会いしたのに、もうすっかり家族のような気持ちになって。このミラクルとでも言いたくなる(う〜む、論文でこんなことかけません笑)出来事は、やっぱり過去生からのご縁なのでしょう。

 

 このように身の回りの出来事を観察して淨かに坐っていますと、ああ、生きているからこのご縁をいただけたのだなと思えます。人間やめたいと思えども、人間であるからこそ、みなさんと出会えるのだと。この記事を読んでくださるあなた様にもですね。

 

 この こころのあたたかさで、今日の1日を生きてゆくことができます。私には何ができるでしょうか。できることを、できるときに、こころこめて。積むべき功徳を積みます。

 

 健やかで、危険がなく、心安らかに、幸せであれかし!